大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(行ウ)35号 判決 1978年5月31日

原告(選定当事者) 矢野穂積 外五名

被告 東村山市長 外一名

主文

1  本件訴えのうち選定者矢野穂積を除くその余の選定者らの請求に係る部分をいずれも却下する。

2  原告らの請求のうち選定者矢野穂積の請求に係る部分をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告東村山市長は、東村山市が埼玉県競輪施行者協議会より受領した別表記載の金員合計金二四二一万五三〇〇円を西武園競輪による道路破損等その管理する公共施設の具体的損害に対する対策費以外に支出してはならない。

2  被告熊木令次は、東村山市に対して金二四二一万五三〇〇円及びこれに対する昭和五一年一一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行宣言

二  被告東村山市長

1  (本案前の申立て)

原告らの被告東村山市長に対する訴えのうち、選定者矢野穂積を除くその余の選定者らの請求に係る部分を却下する。

2  (本案についての申立て)

原告らの被告東村山市長に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

三  被告熊木令次

1  (本案前の申立て)

原告らの被告熊木令次に対する訴えを却下する。

2  (本案についての申立て)

原告らの被告熊木令次に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二原告らの請求原因

一  別紙選定者目録記載の選定者らは、埼玉県、所沢市、川越市、行田市及び秩父市が施行している西武園競輪の隣接地域である東村山市の住民であり、「競輪問題を考える市民の集い」に参集する者である。

二  東村山市は、埼玉県競輪施行者協議会(以下「協議会」という。)より西武園競輪に関する迷惑料等として別表記載のとおり合計金二四二一万五三〇〇円の金員を受領した。

三  被告東村山市長は、二記載の金員を一般会計に歳入し、その受領目的である西武園競輪による道路破損等その管理する公共施設の具体的損害に対する対策費として支出しておらず、東村山市長である被告熊木令次は、右金員を右目的外に流用した。

右流用は、東村山市長としての裁量権の範囲を著しく逸脱した違法行為であり、職権濫用、背任、業務上横領に当たり、東村山市は、これにより金二四二一万五三〇〇円相当の損害を被つた。

四  選定者らは、昭和五〇年一二月一日本件について東村山市監査委員に対して監査請求をしたが、すべて理由なしとされた。右監査請求に際し、監査請求の主体として「『競輪問題を考える市民の集い』事務局代表矢野穂積」と表示したが、その趣旨は「競輪問題を考える市民の集い」に参集する住民、特にその世話人及び事務局を構成する住民すなわち選定者らを指称するものであり、このことは東村山市監査委員も認めていたところである。

五  選定者らは、右監査の結果に不服であるので、その選定当事者である原告らは、地方自治法(以下「法」という。)第二四二条の二第一項第一号の規定に基づき被告東村山市長に対して、違法な公金の支出の差止めの請求として東村山市が協議会より受領した前記金員のその受領目的外への支出の差止めを求め、同項第四号の規定に基づき被告熊木令次に対して、損害賠償の請求として東村山市に対する損害賠償金二四二一万五三〇〇円及びこれに対する弁済期の経過した後である昭和五一年一一月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三被告らの答弁

一  被告東村山市長の本案前の主張

選定者矢野穂積を除くその余の選定者らは、被告東村山市長に対する本件訴えにつき、法第二四二条第一項の規定による監査請求を経由していないから、右訴えのうち右選定者らの請求に係る部分は不適法である。

二  被告熊木令次の本案前の主張

選定者らは、いずれも被告熊木令次に対する本件訴えにつき法第二四二条第一項の規定による監査請求を経由していないから、右訴えは不適法である。

三  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因一の事実は認める。

2  請求原因二のうち第二六回日本選手権開催に伴う迷惑料の金額が三〇〇万円であることを除きその余の事実は認める。右金額は二〇〇万円である。

3  請求原因三のうち被告東村山市長が同二記載の金員(ただし、合計金二三二一万五三〇〇円である。)を一般会計に歳入したことは認めるが、その余の事実は否認し、その主張は争う。

4  請求原因四のうち原告ら主張の日に監査請求があつたこと、監査請求は理由なしとされたこと、監査請求の主体として「『競輪問題を考える市民の集い』事務局代表矢野穂積」と表示されていたことは認めるが、その主張は争う。

5  請求原因五の主張は争う。

四  被告らの主張

東村山市は、合計金二三二一万五三〇〇円の金員を一般財源として受領したものであるから、同市長が右金員を雑入として一般会計に歳入し、一般財源として支出することは何ら違法ではない。

仮に右金員が特定財源であつた場合でも、右金員を一般財源として支出しても東村山市に何ら損害はない。

第四証拠関係<省略>

理由

一  まず、被告らの本案前の主張について判断する。

1  選定者矢野穂積を除くその余の選定者らに係る訴えについて

本件について東村山市監査委員に対してされた監査請求が請求者として「『競輪問題を考える市民の集い』事務局代表矢野穂積」と表示してされたことは当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立に争いのない甲第一号証の一によれば、右請求についての監査の結果も同名義宛に通知されたことが認められる。

ところで、原告らは本訴第三回口頭弁論期日において昭和五一年九月一〇日付「釈明申立書」なる書面に基づき「競輪問題を考える市民の集い」は会則及び代表者が明確に定められた組織ではない旨を釈明しており、右がいわゆる権利能力のない社団としての実体を備えていたと認めるに足る証拠はないから、「競輪問題を考える市民の集い」が請求者であつたと判断することはできない。また原告らは、右表示は「競輪問題を考える市民の集い」に参集する住民を指称すると主張するが、前掲甲第一号証の一によつて明らかな如く監査請求の請求者として矢野穂積以外には個人の氏名の表示がないのであるから、そのように解する余地はない。そうすると、請求者は「『競輪問題を考える市民の集い』事務局代表」なる肩書の下に個人名が表示されている矢野穂積個人と判断するのほかなく、原本の存在及び成立に争いのない甲第三号証の一、二によれば、右請求を受けた東村山市監査委員は、請求人を東村山市民である「矢野穂積」と判断して監査請求事案の処理に当たつたことが認められることからしても、右判断が相当であることが裏付けられる。なお、前掲甲第三号証の一、二によれば、同監査委員は、右請求について「矢野穂積」のほか「競輪問題を考える市民の集い」のメンバー数名に意見陳述を行なうことを許可したことが認められるが、右意見陳述を行なつた者が当然に請求人になるものではないから、右事実をもつて「矢野穂積」以外の「競輪問題を考える市民の集い」に参集する者が請求人であると認めることはできない。

そうすると、選定者矢野穂積を除くその余の選定者らは、いずれも本件訴えにつき監査請求を経由していないから、本件訴えのうち右選定者らの請求に係る部分はいずれも不適法である。

2  選定者矢野穂積に係る被告熊木令次に対する訴えについて

被告熊木令次は、選定者矢野穂積についても同被告に対する本件訴えにつき監査請求を経由していないと主張するので、この点について判断する。

前掲甲第一号証の一及び原本の存在及び成立に争いのない同号証の二によれば、矢野穂積がした監査請求の内容には、東村山市が協議会より昭和四四年度分から同四九年度分までの西武園競輪に関する迷惑料として受領した金員が西武園競輪により東村山市が被つた具体的損害の対策費として執行されておらず、他に流用された疑いがあるので、不当な公金の支出の差止めを請求する趣旨が含まれているものと認められる。

そして、法第二四二条の二第一項は「…前条第一項の規定による請求をした場合において、同条第三項の規定による監査委員の監査の結果…に不服があるとき…は、……同条第一項の請求に係る違法な行為……につき、訴えをもつて次の各号に掲げる請求をすることができる。」と規定しているから、普通地方公共団体の住民が特定の公金の支出を違法な行為としてとらえ、その差止めを求めて監査請求をした以上、請求者は、右監査請求において当該違法な行為たる公金の支出により普通地方公共団体が被つた損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求していなくとも、当該公金の支出を違法な行為としてとらえ、法第二四二条の二第一項第四号の訴えを提起することを妨げないというべきである。

したがつて、選定者矢野穂積が特定の公金の支出を違法な行為としてとらえ、その差止めを求めて監査請求をしたこと右認定のとおりである以上、同人が同一の公金の支出をとらえて法第二四二条の二第一項第四号の請求をするところの選定者矢野穂積に係る被告熊木令次に対する本訴請求につき、監査請求不経由の違法はないものといわねばならない。

二  そこで、本訴請求のうち選定者矢野穂積の請求に係る部分の当否について判断する。

1  請求原因一の事実及び同二のうち第二六回日本選手権開催に伴う迷惑料の金額が三〇〇万円であることを除くその余の事実は、当事者間に争いがない。

第二六回日本選手権開催に伴う迷惑料の金額について、原告らは三〇〇万円であると主張するのに対して、被告らは二〇〇万円であると主張するので、まずこの点について判断する。

証人小町昭留の証言により成立の真正を認められる乙第一号証の二、成立に争いのない乙第三号証の七、八及び証人小町昭留の証言によれば、第二六回日本選手権開催に伴う迷惑料の金額は二〇〇万円であることが認められる。もつとも成立に争いのない甲第五号証の四によれば、昭和五〇年第二回東村山市議会において同市一ノ関助役が右金額について三〇〇万円である旨の答弁をしたことが認められ、また成立に争いのない甲第一〇号証の一、証人小町昭留の証言及び原告小野健二本人尋問の結果によれば、昭和五〇年一〇月一日東村山市当局は右金額が三〇〇万円である旨の記載のあるメモを「競輪問題を考える市民の集い」に参集した住民らに交付したことが認められるが、成立に争いのない乙第五号証及び証人小町昭留の証言によれば、右答弁及び資料の記載はいずれも誤りであり、右誤りは昭和四六年度分迷惑料一〇〇万円が翌会計年度である昭和四七年六月一三日に至り東村山市に歳入されていたことから、昭和四七年度分の第二六回日本選手権開催に伴う迷惑料二〇〇万円に誤つて右一〇〇万円が加算されたために生じたものであることが認められるので、右答弁及びメモ記載はいずれも前記認定を左右するに足らず、他に右金額の認定を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、第二六回日本選手権開催に伴う迷惑料の金額は二〇〇万円であり、東村山市が協議会より昭和四四年度分から同四九年度分までの西武園競輪に関する迷惑料として受領した金員は合計金二三二一万五三〇〇円(以下「本件金員」という。)と認められる。

2  被告東村山市長に対する請求について

前掲乙第一号証の二、第三号証の七、八、成立に争いのない乙第三号証の一、二、九ないし一五、証人小町昭留の証言により成立の真正を認められる乙第三号証の三ないし六及び証人小町昭留の証言によれば、本件金員の交付の趣旨は、西武園競輪の開催に伴う周辺地域の交通混雑及び車券、空缶等の投棄による環境汚染その他種々の迷惑に対する関係施行者の拠出による交付金であり、特に使途は指定していないこと、及び被告東村山市長は、本件金員をすべて一般会計中の雑入として歳入していたことが認められる。原告矢野穂積本人尋問の結果中、本件金員は西武園競輪場周辺の住民に交付されるべき趣旨の金員であり、使途が競輪公害対策に支出すべきものとして事実上特定されている旨の供述部分は採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、右認定の本件金員の交付の趣旨から考えて、被告東村山市長が本件金員を一般会計中の雑入として歳入したことに何ら違法は認められず、本件金員をもつて原告ら主張のような特定の歳出に充てられるべき性質のものと解することはできず、被告東村山市長が本件金員を西武園競輪による東村山市の公共施設の具体的損害に対する対策費として支出しているかどうかを判断するまでもなく、被告東村山市長に対する本訴請求は理由がない。

3  被告熊木令次に対する請求について

原告は、被告熊木令次は本件金員をその受領目的外に流用し、右流用は東村山市長としての裁量権の範囲を著しく逸脱した違法行為であり、職権濫用、背任、業務上横領に当たると主張する。

しかしながら、本件金員をもつて原告ら主張のような目的にのみ支出されるべきものと解することのできないこと前記のとおりであり、本件金員を雑入として東村山市の一般会計に歳入したことが違法といえないことも前記のとおりであるから、その余の点につき判断するまでもなく、被告熊木令次に対する本訴請求も理由がない。

三  よつて、本件訴えのうち選定者矢野穂積を除くその余の選定者らの請求に係る部分をいずれも却下し、原告らの請求のうち選定者矢野穂積の請求に係る部分をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三好達 菅原晴郎 成瀬正巳)

(別表省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例